思い出を拾うような
命は、気紛れに拾うものじゃない。
背負うには、あまりにも重いものだから。
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何故こんな場所に作ったのか、政府軍は新しい基地を、吹雪く山中のなかほどに置いた。おかげで馬鹿みたいに寒い。
俺、戦争よりこの気候で死ぬかも。新基地には初めて呼ばれたが、もう二度とお邪魔したくない。『名誉』を冠したメダルなら、わざわざ手渡しでなくても、キャンプ地に直接郵送してくれればいいのだ。何かの物資と一緒に。
つらつらと不遜なことを考えていたツヴァイだが、緩やかな傾斜に1歩足を踏み出した瞬間、ブーツの底が横に滑った。
「う、わっ」
ガツッといい音を鳴らして、受身を取る暇もなく思いっきり後ろに転んだ。凍った地面は、ブーツのスパイクすら刺さらないほどに硬い。あぁ、もう、本当に雪は嫌いだ。
はあ、と白い溜息をついて、ボリボリと頭をかく。早朝という時間のせいか、はたまた、政府軍が基地を建てたせいか、一応それなりの民家が立ち並ぶ通りで、人の姿は見当たらない。大袈裟な格好をした軍人が、盛大に転ぶシーンを見られなくて良かった。
……と、思ったのは一瞬で、ツヴァイの耳は、雪を踏みしめるかすかな音に反応した。
体重を乗せ、スパイクを氷に立たせる。ぐっと低い姿勢をとったまま、いつでも飛び出せるように全身を警戒させる。
ごう、と、吹雪の音だけが辺りに響いた。
訝しんで、警戒を解かないまま、物音の付近を捜索する。
政府軍は民間から嫌われている。詳しくはないが、新基地建設は、揉めたと考えるのが妥当だろう。
基地が稼働して間もないこの時期に、軍人が1人で彷徨いていれば恨みの捌け口にされてもおかしくない。ましてツヴァイはついさっき、無様にも転んだマヌケである。リンチには丁度いいカモだろう。
多勢に無勢だと、足場の悪さもあって不利だなと考える。
しかし、民間人のリンチなら自分が耐えればいい話で、そもそも、訓練された人間とそれ以外、環境にハンデがあっても完敗にはならないだろう。
より問題なのは、隠れているのが新基地に攻撃を仕掛けに来たテロリストである可能性。こちらはそれなりの戦闘能力を持っているし、もし自爆テロであった場合、追い詰めると道連れにされる場合がある。それでも、戦うより他無いだろう。
本当、なんでこんなにツイてないのか。
着込んだ防寒具には、数本のタガーしか入っていない。接近戦に持ち込めればいいが、複数人だとそれでも不利だ。
仕方ない。
覚悟を決め、建物の影、先ほど物音がした辺を覗く。
「……アー、コンニチハ?」
いや、なんで挨拶してるんだ、俺。
手に構えたナイフを、サッと仕舞う。予想外だ。物陰にいたのは、まだティーンであろう少女だった。
「何故、仕舞った…っ、の…?」
「は…?」
「ナイ、フ」
少女の声は、掠れていた。
完全防備のツヴァイと違い、少女はシャツ1枚とあまりに薄着で、全身が青白く、ガタガタと普通では見ないほどに震えている。
「何故って…いや、きみ、敵に見えないし」
「わ、たし……ッ、は、オトリ、かも……よ……」
咳き込みながら話す少女を前に、どうしたもんかと途方に暮れる。
言ったとおり、敵には見えない。この少女に、ツヴァイと戦えるほどの力はない。
オトリの線も、ないだろう。どれだけ感覚をすませても、人の気配など全くない。油断した隙を狙うのなら、既にタイミングが遅すぎる。
「きみさ、あと5分くらい生きれそう?」
「なに……ちょっ、」
蹲っていた少女を横抱きにして、冷たさにゾっとする。精神的にというか、肉体的に。このクソ寒い中、氷を抱えて走ることになるなんて。
マント状の防寒具を、たすき掛けにして寒さと落下を防御する。
「ここで死んだら、野犬の餌だ。人員不足の政府軍なら、君のことも拾ってくれる」
「……っ」
返事はなかった。
それでも、少女の冷たい指先は、ツヴァイの肩を不器用に掴んだ。
「俺のスカウトって事にする。代わりに、俺が転んだのは内緒にして」
「ふっ、そ、んなの……っ見て、ない……」
「そう?墓穴だったかな」
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少女は無事、政府軍に入隊した。
能力など、期待されてはいなかった。ただの身寄りのない「戦争孤児」だ。どれだけ危険な任務に送り込もうと、彼女が死んだところで「遺族年金」の類が発生しない。使い勝手の良いただの駒。
彼女はそれを承知の上で、政府軍に取り入った。力と頭脳を武器にして。
今の彼女に、凍死を待つ少女の影はどこにもない。
美しく、強かで、どこまでも冷静。彼女の過去が戦争孤児だと、知る者は数少ない。
「ガルシア、武器の補填が届いたけど」
「ありがとう、後で確認するわ」
彼女を見るたび、思い出す。
吹雪の中の出会い。
「ツヴァイ?何ボーッとしてるの?」
「ん?何でもないよ」
命は重い。
生きていようと、死んでいようと。
ツヴァイが拾った命は、今はまだ、ここにあった。あの日の思い出と共に。
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