近くて遠い


 彼女は時々、遠い目をする。


 自分が人とは違っていると、随分前から気付いていた。

人がつい目を背けるもの。血や肉や死体。それらに強い関心があり、近くで見たいと思っていた。

だからって訳じゃない。惹きつけられていたのは事実だけれど、そのために軍人になったのではない。



 眠っても夢を見ない。



ふと暗闇から目を開くと、ぼんやりとした蝋の灯りがついていた。

「ハル、起きたの?」

どうしてすぐバレるんだろう。まだ目を開けただけなのに。

「おはよ……」

「まだ夜中よ。もう一度寝なさい」

「ガルシアは?」

「これが終わったらね」

ガルシアの手元には、たくさんの紙の束が置かれていた。これってどれだろう。あと1枚?それとも机にあるもの全てだろうか。

「待ってる」

「先に寝なさい」

「やだ」

首を振ると、ガルシアが溜息をついた。でもそれが、ただのポーズだって、俺は知ってる。

「まったく、随分大きな子供だわ」

「……?俺もう大人だけど」

「子供よ。あなたが大人なら同じベッドでは眠れないもの」

……意味がわからない。

俺はガルシアより大きいのに、どうして子供って言われるんだろう。大きければ大人じゃないんだろうか。

「ほら、ハル。ちゃんと毛布かけなさい」

ガルシアの声は静かで、安心する。


今日はたくさん戦った。たくさん殺した。けれど、敵はまだまだやってくる。俺は、その敵からガルシアを守らなければいけない。

きっと、そのために軍人になった。

一番近くに居られるように。一番の部下になれるように。


 とん、とん、毛布の上から、ガルシアが寝かしつけるように撫でてくれる。心地よい微睡に浮かびながら、ふと疑問を口にする。

「ガルシアは、何のためにここにいるの?」

とん…………。

ガルシアの手が止まって、彼女の目が俺を見る。いつもとは違う、どこか遠くを見る目。

「……第二の私たちを作らないため」

「……?」

ガルシアの言葉は、時々すごく難しい。

ぱっと、いつもの目に戻ったガルシアは、強めに二度、俺の腕を叩いた。

「明日は上層部の視察が来るわ。お行儀よくしてて頂戴」

「俺より、ほか……」

「ふふ、そうね。全く、血気盛んな若者ばかり集まっちゃって」

「俺、手伝う?」

「ええ、何かあればね。何もないのが一番だけど」

ガルシアの笑顔は好きだ。困った顔は、させたくない。遠い目も。

「騒ぐやつの首を斬れば問題な、」

「ダメよ」

だけどガルシアが困らなくなる日は、まだまだ遠い先の話かもしれない。